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日本の色(伝統の色)2017.9.25更新


藍色(あいいろ)とは、縹色(はなだいろ)ほど純粋な青ではない暗い青色のことです。

藍は青色染料として使われた最古の染料の一つで、平安時代には『黄蘗きはだ』や『刈安かりやす』が掛けられた『緑色』のことをいっていました。

純粋な深い青色を藍色と呼ぶようになったのは、江戸時代以降になってからです。手ぬぐいや暖簾などを藍に染めて愛用されたり、歌川広重をはじめ多くの絵師が用いたことから外国では「ジャパンブルー」とも呼ばれていました。

-読み:あいいろ-

関連色:青、縹色

藍色鳩羽(あいいろはとば)とは、文字通り「藍色がかった鳩羽色」の意味で、青みがかった鈍い紫色のことです。藍色が今のような青系統として一般化した江戸以降に誕生した色名でしょう。(※藍は古くは緑系統もさしていました。)

『鳩羽色』は古くから見れる色名であり、天皇が平常着用された袍ほうの色として禁色でもありました。色相の変化により『鳩羽鼠』や『鳩羽紫』など藍色鳩羽の他にも鳩羽のつく色名は数多く見られます。

-読み:あいいろはとば-

関連色:紫、藍色、鳩羽色、鳩羽鼠、鳩羽紫

藍媚茶(あいこびちゃ)とは、江戸時代の流行色であるオリーブ系の茶「媚茶」を藍がからせた暗い緑褐色のことです。『諸色染手鑑』や『手鑑模様節用』などの染見本帳にその色名が見られます。 浅黄に下染めした上に、揚桃皮ももかわと刈安の煮汁で染め、明礬媒染みょうばんばいせんで出された色のことです。

-読み:あいこびちゃ-

関連色:媚茶、浅黄、刈安

藍墨茶(あいすみちゃ)とは、藍みを帯びた墨色のことで、「相済茶」とも書かれます。「藍墨」は当て字。色名に「茶」とありますが、「くろ」の色譜です。 色名の由来は『手鑑模様節用』によると、「昔、根津権現の祭りの時に、浅草で三右衛門とか助七などという連中が喧嘩をし、その仲直りができた祝儀のしるしに、同じ色を染めさせて揃って着用した」ことから、一件落着という意味で、その色を「あいすみ茶」というようになったとのことです。 江戸中期に愛用されました。

-読み:あいすみちゃ-

関連色:墨色、相済茶

藍鉄色(あいてついろ)とは、緑みを含んだ濃い青色のことです。『紺鉄こんてつ』『鉄紺色てつこんいろ』ともよばれ、『藍色あいいろ』の変異色の中でも暗い部類に入ります。

茶系や鼠系が流行した江戸時代ですが、藍色もまた「江戸前」の色として広く愛好されており、そのため『藍』がつく色名も数多く生まれました。『藍鉄色』もそんな人気の藍色に『鉄色てついろ』を組み合わせた、いかにも江戸時代らしい渋好みの色になります。

江戸時代に生まれた『藍』が付く色名には、流行色の『鼠色ねずみいろ』に藍を合わせた『藍鼠あいねず』や古くからの色名『鳩羽色はとばいろ』に藍を合わせた『藍色鳩羽あいいろはとば』などが有名です。

藍鼠(あいねず)とは、藍みをおびた暗い鼠色のことです。「○○鼠」のように鼠がつく色名は江戸中期からみられます。暗い色や色味をおさえた鼠色は色調も豊富で、「四十八茶百鼠」としてもてはやされました。『手鑑模様節用』にも「今のあゐねづみ、これ又、にぶいろなるべし」との表記が見られます。

鼠がつく色名は、他にも「利休鼠」「源氏鼠」「小町鼠」などのように人物に因むものや、「深川鼠」や「鴨川鼠」などの地名に因むものなど様々な色名が生まれました。

藍海松茶(あいみるちゃ)とは、濃く黒ずんで藍みを帯びた茶色のことです。海松と茶という二つの流行色名を色名ですが、『愚雑俎(ぐざつそ)』に「今あいみる茶といふものは、素みる茶に藍をかけし色なれば」と書かれています。元文(一七三六〜四一)の頃、男子の小袖に、また宝暦(一七五一〜六四)の頃には麻裃にこの色が流行したと伝えられています。

-読み:あいみるちゃ-

青(あお)とは、基本色名の一つで、晴れた日の海や瑠璃のような色の総称のことです。原始的な露草の花による摺染の後、ほとんど藍染によって染め出されました。青は古くから広い範囲を示す色名で、植物の緑色や黒、白をも指しており、平安時代には青色といえば青白橡(あおしろつるばみ)のくすんだ橙味のある黄色でした。現代ではシアン色のほか、空や海や水の澄んだ色、青葉や野菜の青物など緑色系統の色をもいいます。加法混色における三原色(赤・緑・青)のひとつです。

-読み:あお-

葵色(あおいいろ)とは、葵の花のような灰色がかった明るい紫色のことです。平安の頃からの古い伝統色。葵の花は白や紅、紫、黄、斑まだらなど様々な色の花を咲かせますが、当時から人気があり高貴な色であった紫が選ばれて『葵』の色名となったようです。

葵 (あおい)

葵はアオイ科の多年草で、古くは薬草として用いられていました。ちなみに、色名となったのは初夏に大輪の花を咲かせる「立葵たちあおい」のこと。ちょうど梅雨の頃に花を咲かせることになぞらえて、「梅雨葵つゆあおい」とも呼ばれています。また、この立葵三枚を意匠化したのが徳川家の家紋の「三つ葉葵」です。

葵色の襲かさねの色目としては「表・浅青、裏・薄紫」などがあり、夏の色として用いられました。

青朽葉(あおくちば)とは、緑みのにぶい朽葉色で渋みがかった黄緑色のことです。染色は藍と黄蘗きはだを掛けあわせて染めます。

「朽葉色」は秋に樹々が紅葉し朽ちていくさまを表した色名で、衣服の色として広く用いられました。朽葉色には青朽葉の他に「黄朽葉」「赤朽葉」「濃朽葉」「薄朽葉」などの色名があります。

-読み:あおくちば-

青白橡(あおしろつるばみ)とは、灰みのあるくすんだ黄緑色のことです。宮中の年中行事の作法書『西宮記さいぐうき』に「麹塵与 青白橡 一物」とあり、「麹塵きくじん」と同じ色とされています。平安文学『栄花物語』には「青き白橡」と記されており、一般には「青色」と呼ばれていました。 ちなみに、天皇が平常着用された袍ほうを「青白橡の袍」「麹塵の袍」「山鳩色の袍」などと呼ばれ、臨時祭、舞楽、庭座、弓馬初などのときに、着用されていたようです。

-読み:あおしろつるばみ-

関連色:青、麹塵、山鳩色

青竹色(あおたけいろは、成長した青竹の幹のような青みの冴えた明るく濃い緑のことです。江戸中期から使われる色名で「手鑑模様節用」には、「ぬれは色、或ハ青竹いろともいふ」とあります。

竹は、古くから自生し、食用、楽器、建築物にと生活に身近な植物だったためか、色名としても数多くみられました。ちなみに、青竹より薄めの色は「若竹」、鈍い調子の鼠がかった色は「老竹」となっています。

-読み:あおたけいろ-

青丹(あおに)とは、昔、顔料や化粧料の黛に使われた青粘土のような暗く鈍い黄緑色のことです。この場合の青は緑のこと。丹は土を意味し、緑みのある土の色を指しています。ちなみに、もともとは青土とかいて「あおに」と読んでいました。 青丹は、顔料となる岩緑青(いわろくしょう)を表わす古名であり、奈良が産地として有名です。そのため、『万葉集』にも「青丹よし 寧楽ならの京師みやこは咲く花の 薫にほふがごとく 今盛りなり」とうたわれ、「青丹よし」は奈良にかかる枕詞となっています。 襲の色としては、表地に青を、裏地にも青を配した色目です。

-読み:あおに-

青鈍(あおにび)とは、薄く墨色がかった青色のことです。青色に橡つるばみなどの墨系の染料を掛け合わせ鉄で媒染した色。平安時代には橡と同じく凶色として、喪服や僧尼の衣の色に用いる色とされました。同時代の王朝文学のなかで、墨染、薄墨とともに無彩色系の色を表わすのに使われていた色名が鈍色にびいろです。

-読み:あおにび-

青藤(あおふじ)とは、青がかった藤色のことで、青みの強いうすい青紫色のことです。藤色の派生色。 『藤色ふじいろ』は藤の花の色に因ちなんだ平安の頃より女性に人気の伝統色で、江戸時代になってもその人気は変わらず、江戸後期には『藤鼠ふじねずみ』『藤納戸ふじなんど』『薄藤うすふじ』など多くの派生色が生まれました。青藤色もその一つ。

青みがかった青藤に対し、赤みがかった藤色は『紅藤べにふじ』と呼ばれました。また青藤色よりさらに青みが濃い藤色に『紺藤こんふじ』があります。

青緑(あおみどり)とは、青色とも緑色ともいえない青みがかった緑色のことです。『延喜式』縫殿寮に見られる色名で、藍に黄蘖(きはだ)をわずかに掛けた、縹色(はなだいろ)に近い緑色と言えます。ちなみに、平安時代は緑系の色も青と表現されていました。現在でも、信号機の『青』は厳密には青緑色になります。

延喜式(えんぎしき)

延喜式とは、平安時代初期にまとめられた禁中の儀式や規則などを記した50巻にものぼる法令集。三代格式の一つ。 延喜五年 (九〇五) 、左大臣藤原忠平らが醍醐天皇の命令により編集。延長五年 (九二七) 完成。古代政府の根本法令を補う形で、その後発布された施行細則を集大成したもの。

「縫殿寮ぬいどのつかさ」の項目に、衣服や染色材料などについて詳細に記されている。

赤色(あか)とは、熟した苺いちごや血液のような色のことであり、赤系統の色の総称です。日本最古の色名の1つで、明(アケ、アカ)が語源。「朱・緋(あけ)」の表記が用いられることもりました。

赤には人類共通の普遍性があり、多くの言語で「血」か「火」の色のどちらかの言葉から派生しています。また、呪術的な意味合い、魔除けの意味合いが込められているのも世界的に共通した特徴です。我が国でも縄文時代の土偶や古墳時代の埴輪には、赤く彩色された人物像が多くあり、これらには祭祀的な意味合いがあると考えられています。

ちなみに、太古の時代では「しろ、くろ、あか、あを」は光の明暗を指す言葉でしたが、時代が下がると『赤』と『青』は色相を表す言葉となっていきます。また、平安時代には禁色きんじきと呼ばれる高貴な身分のみに着用が許された特別な色として扱われました。

現代においては、赤はJIS規格の基本色名の一つです。なお、赤は英語ではレッド(red)に相当しましますが、JIS規格では赤とレッドは異なる色となっています。

赤支子(あかくちなし)とは、明るい赤みの黄色のことです。『支子色くちなしいろ』が少し赤みがかった色で、支子染くちなしぞめによる黄色に紅花染べにばなぞめを重ねて赤を加えた色になります。

「支子」の色名は平安時代からみられ、もともとは支子色のみでしたが、『深支子こきくちなし』『黄支子きくちなし』『浅支子あさきくちなし』の三種類にわかれました。ちなみに、赤支子の染色法は平安時代の『延喜式えんぎしき』の『縫殿寮ぬいどのりょう』に記された深支子と同じ染色法であり、いつからか赤みの支子色ということ「赤支子」と呼ばれるようになったようです。

赤朽葉(あかくちば)とは、赤みがかった朽葉色で赤茶色のことです。平安時代からある色名で、襲の色としては「表・経紅緯洗黄、裏・黄」を配し、晩秋の頃の赤く色づいた朽葉の色を表した色目です。「朽葉色」に似ていますが、色譜ではそれより華やかものになります。「赤朽葉」の衣は『源氏物語』に「赤朽葉の羅のかざみ」、『かげろふ日記』に「うすもののあかくちばをきたるを・・・」と見えています。

-読み:あかくちば- 

赤香色(あかこういろ)とは、赤みがかった淡い橙色のことです。丁字色を薄くしたのが香色(こういろ)で、丁字色や香色の布地は僧衣に用いられ、平安時代は非常に高価でした。その中でより赤みを増したものが赤香色です。ちなみに丁字は生薬(しょうやく)や香辛料として知られていますが、かぐわしい香りのする香木としても知られています。

-読み:あかこういろ

赤白橡(あかしろつるばみ)とは、櫨で黄色く下染めし、うすく茜の赤を重ねた赤みがかった白茶色です。橡(つるばみ)はブナ科クヌギの古名で、その実のドングリは濃い灰色の染色に用いられるますが、赤白橡はドングリを使った染物の色ではありません。『源氏物語』に「赤き白橡」との記述がみられるように、白橡を基本名とした色名です。古くは上皇の着用する高貴な色であり、禁色とされる時代もありました。

-読み:あかしろつるばみ-

赤橙(あかだいだい)とは、一般にやや赤みの濃い橙色のことです。せきとう色ともいいます。橙色とはミカン科の果実ダイダイの熟した実の色をいいますが、赤橙は成熟がさらに進んだ色で、熟した柿の色に似ています。ちなみに一般的なアカトンボは成長すると赤橙色になります。

-読み:あかだいだい-

茜色(あかねいろ)とは、茜草の根で染めた暗い赤色のことです。夕暮れ時の空の形容などに良く用いられることで知られています。茜草を染料として得る色には他に、緋色がありますが、こちらは鮮やかな赤色で茜色よりはるかに明るい色合いです。ちなみに、やや明るい茜色を英語ではマダーとあらわします。

-読み:あかねいろ-

赤紅(あかべに)とは、鮮やかで濃い赤色のことです。江戸初期から愛用された染色で、天保-貞享の頃には「赤紅の鹿の子染かのこぞめ」が大流行しました。京都上流層の婦人の小袖こそでの好みを記した『女鏡秘傳書おんなかがみひでんしょ』にも「赤きもの召し玉はば緋綸子ひりんず紅かのこなどよし」と推賞している一文があり、赤や紅べに系統が人気があったことがわかります。

それらの赤系統の染色には高価な紅花染めの他に、蘇芳すおうを用いる代用紅染だいようべにぞめが盛んに行われていました。赤紅の染色もまた蘇芳と明礬みょうばんによる蘇芳染で染められています。

赤紫(あかむらさき)とは、牡丹ぼたんや躑躅つつじのような赤みが強い鮮やかな紫色、または暗く渋い紅色のことです。古代では茜と紫根を用い、酢と椿の灰汁で染めていました。

『赤紫』は一般的に『赤』と『紫』の中間を指しますが、色のイメージが幅広く、JIS規格で定められた色と伝統色では色合いに大きな違いがあります。また、平安の頃で比べても文武天皇の定めた服制では『赤紫』は浅い(淡い)紫ですが、『延喜式えんぎしき』では暗い『紅色』のことでした。

灰汁色(あくいろ)とは、灰汁のような黄みがかった灰色のことです。灰汁は藁(わら)や木を燃やしてできた灰に湯を注いだものの上澄みのことで、古くから染色の媒染剤や布の洗剤として利用されました。似た色に灰色がありますが、それは石炭のもえた後にできる中明度の灰の色のことです。

-読み:あくいろ-

緋(あけ)とは、やや黄色みのある鮮やかな赤色のことで、平安時代から用いられた伝統色名です。山野に自生する多年草の茜の根を染料とし、灰汁で媒染しました。色名の「あけ」は日や火の色のことです。推古天皇の時代以来、紫に次ぐ高位の色になり、奈良時代に定められた服飾尊卑では19色の中で5番目に位置づけられました。平安時代の中頃から染法が変わり、それに伴い色調も鮮やかな紅緋色に、読み方も「緋色」となりました。一般的に、それぞれを区別する場合は茜色を「やや暗い赤」のイメージ、緋色を「鮮やかな赤」のイメージとします。

-読み:あけ-

曙色(あけぼのいろ)とは、曙の空を思わせる、朝焼けのような淡い黄赤色です。「東雲色」ともいいます。江戸時代前期に、裾を白くし、上部を紅や紫などでぼかしていく「曙染」が流行しました。英語色名のオーロラ(英語: aurora/英語: auroral)と同一の色です。

-読み:あけぼのいろ-

浅緋(あさあけ)とは、茜で薄く染めた緋色のこで、わずかに黄みの赤色に用いられます。大宝元年の服制では「直冠上四階深緋。下四階浅緋」となっており、『延喜式』においては紫、深緋、浅緋と、上から3番目に高位だった色です。一般に緋あるいは真緋といわれる色はこの浅緋を指しています。「うすきひ」、「うすあけ」ともいいます。

浅葱色(あさぎいろ)とは、葱藍たであいで染めた薄い藍色のことです。浅葱とは薄い葱ねぎの葉に因ちなんだ色で、平安時代にはその名が見られる古くからの伝統色。

「葱」と「黄」の字を混同されて『浅黄』と表記されている古実書もありますが、これは完全に誤用です。江戸時代の有職故実ゆうそくこじつ研究家の“伊勢貞丈いせ さだたけ”も、自身の随筆『安斎随筆』に「アサギと云ひて浅黄を用ふるは誤りなり、浅葱の字を用ふるべし」と記しているように、この2色はまったくの別の色になります。ちなみに『浅黄』は「うすき」と読まれる文字通り薄い黄色の伝統色です。

浅葱鼠(あさぎねず)とは、曇天の空の色に近い青緑色をおびた渋い鼠色のことです。 色名は文字どおり『浅葱色あさぎいろ』がかった『鼠色ねずみいろ』に由来しており、鼠色が流行した江戸時代に生まれた色名です。

浅葱鼠は鼠色の系統ですが、色合い的には鼠色がかった浅葱色というほうが近く、『錆浅葱さびあさぎ』より彩度が低い色合いになります。

江戸時代は鼠色が大流行しましたが、「浅葱」が付く色名も数多く生まれました。『水浅葱みずあさぎ』『花浅葱はなあさぎ』『鴇浅葱ときあさぎ』『薄浅葱うすあさぎ』などの色も同時代に派生した色です。

浅縹(あさはなだ)とは、やわらかい青色のことで藍染により浅く染めた縹色に用いられます。また『水縹みずはなだ』も同じ程度の色です。『薄縹うすはなだ』とも呼ばれることもありますが、『浅葱色あさぎいろ』という色名のほうがよく用いられるようになりました。

-読み:あさはなだ-

浅緑(あさみどり)とは、春に芽吹いた若葉のような、うすい緑色のこと。または、黄みがかった明るい緑色のことです。別に「あさきみどり」「せんりょく」とも読まれます。『万葉集』にも「浅緑 染め懸けたりと みるまでに 春の楊やなぎは 萌えにけるかも」と詠まれているように、万葉の頃からの伝統色です。『深緑ふかみどり』の対色。

現在では浅緑といえば薄い緑色のほうが一般的ですが、古くは黄緑色のほうを指していました。実際、平安時代の式目『延喜式えんぎしき』でも「あさきみどり」と読まれ、『深緑』や『中緑なかみどり』とともに明るい黄緑色として紹介されています。

律令制に定められた官位と服色では浅緑は深緑に次ぐ色で、深緑が常緑樹の青みの深い緑色を表すのに対し、浅緑は春の柔らかな若葉、特に柳の若葉の色を表し、『紅梅色こうばいいろ』と組み合わせて初春によく用いられました。ちなみに、浅緑は「糸」「野辺」に掛かる枕詞でもあります。

浅紫(あさむらさき)とは、薄い紫色のことで、薄紫(うすむらさき)ともいいます。平安時代の頃、紫は最高位の色とされ、なかでも最上位である深紫か黒紫よりやや劣るものの、その次にあたる高貴な色でした。また薄色といえば紫の薄い色をさしていました。

-読み:あさむらさき-

小豆色(あずきいろ)とは、赤小豆の実の色のような茶色がかった赤紫のことです。江戸時代になってから色名として用いられています。同系統の「小豆茶」、「小豆鼠」とともに着物の表などに多く使われました。古代から赤は祈願の色として使われ、小豆を使った赤飯は、子供のお食い初め、祝い事、年中行事には欠かせないものです。

-読み:あずきいろ-

小豆鼠(あずきねず)とは、小豆色がかった鼠色のことです。赤みのある鼠色に用いられます。江戸時代、小豆色よりくすんだ色に鼠をつけ小豆鼠としました。百鼠の一部で、ほかに臙脂鼠、紅鼠などもあります。

-読み:あずきねず-

亜麻色(あまいろ)とは、亜麻を紡つむいだ糸の色のような黄色がかった薄茶色のことです。日本古来のものではなく、明治以降に使われるようになった比較的新しい色名。

フランスの作曲家“ドビュッシー”の前奏曲『亜麻色の髪の乙女』が有名であるため、一般的に髪の色として知られています。ただ、亜麻色は「金髪の一種」という誤解があるようですが、正しくは薄い栗色の髪を指しており、金髪とは少しイメージが異なります。

天色(あまいろ)とは、晴天の澄んだ空のような鮮やかな青色のことです。『真空色まそらいろ』の別名も。「天」は「あめ」とも読まれますが「あま」と読むのが一般的です。

天色は読み方によって色や意味が違っています。「あめいろ」と読む場合は天色あまいろと同じ色を指しますが、「そらいろ」と読まれる場合は『空色そらいろ』と同じ色を意味し、天色あまいろよりも薄い青色を指しました。また「てんしょく」とも読まれ、 この場合は色ではなく単に天候や空模様そらもようを指すことが多いようです。

ちなみに、同じ読みの色に『亜麻色あまいろ』がありますが、こちらは黄色がかった薄茶色のことです。

飴色(あめいろとは、水飴みずあめに由来する、深みのある強い橙色のことです。現在の水飴は無職透明なものが一般的ですが、古くからの水飴は麦を原料とした麦芽水飴で、透明感のある『琥珀色こはくいろ』をしています。ちなみに、古くは飴アメといえば「水飴」を指しました。

菖蒲色(あやめいろ)とは、菖蒲あやめの紫の花の色に似た赤みがかった紫色のことです。 「あやめ」は花の色も呼び名も美しいことから、古くから用いられた色名ですが、もともとは襲の色名で「表・青、裏・紅または紅梅」が夏に用いられました。 染め色として現れたのは後世のこと。江戸時代の染色技法の指南書『手鑑模様節用』には「あゐかちたるをききやうといふ、赤みかちたるを、あやめと、となふ」とあります。

最近は「菖蒲」の字は「しょうぶ」と読む方が一般的ですが、中世の日本では「あやめ」と読まれていました。また、しょうぶの花はあやめの花に似たイメージがあるかと思いますが、実際のしょうぶの花は稲穂のような形であり、まったく別の種類です。あやめに似た花は「花菖蒲」というまた違う種類になります。ちょっとややこしいですね。

-読み:あやめいろ-

洗柿(あらいき)とは、柿色が淡くなった橙色のことです。「洗柿」とは、洗って晒され薄くなった柿色の意味です。西鶴の『好色一代男』にも洗柿という色の染色の色名が使われていて、それがあまりきれいな色とは思われなかったことがわかります。ちなみに「洗」という修飾語はオレンジから赤系統の染色によく使われていました。

-読み:あらいがき-

洗朱(あらいしゅ)とは、薄い朱色のことで黄色みを帯びた朱色、くすんだ黄赤に近い色のことです。主に朱塗りの漆器で用いられほか、布地の染色にも使われています。朱色を洗って薄くなったような色を形容していますが、はじめから洗朱に塗った色をさしています。

-読み:あらいしゅ-

淡藤色(あわふじいろ)とは、うすく淡い青紫色のことです。優しく女性らしい『藤色ふじいろ』をさらに淡くした色で、『うすふじいろ』とも読まれます。

杏色(あんずいろ)とは、熟した杏の果実のようなやわらかい橙色のことです。

威光茶(いこうちゃ)とは、柳葉色より茶みを帯びた明るい色でやや茶みのある黄緑色のことです。別に『威公茶いこうちゃ』とも表記します。

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